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固定残業代の計算方法・計算の仕方は?おかしい給与計算にならない設定と実務のポイント

固定残業代の計算方法でお困りではありませんか?固定残業代(みなし残業)は、正しく計算・設定しないと違法となり、未払い残業代の請求リスクや労働基準監督署の是正勧告を受ける可能性があります。実際に、制度設計のミスにより数百万円から数千万円の支払いを命じられた企業も少なくありません。
この記事では、社労士の立場から固定残業代の正しい計算方法を、具体例を交えて分かりやすく解説します。
まず、固定残業代の正しい計算式とステップを5段階に分けて詳しく説明します。基礎時給の算出方法から、残業代単価の計算、最終的な固定残業代の金額決定まで、実務で使える具体的な計算手順をご理解いただけます。
次に、3つの具体的な計算シミュレーションをご紹介します。標準的なケース、固定残業時間を超過した場合のケース、深夜労働が含まれる場合のケースなど、実際の給与計算で直面する様々な状況について、実例を使って解説します。これにより、自社の状況に当てはめて計算できるようになります。
さらに、違法・無効となるケースと、その対策について詳しく解説します。多くの企業が陥りがちな落とし穴を事前に把握することで、制度設計のミスを未然に防ぐことができます。特に、基本給との区分が不明確なケース、時間数が明示されていないケース、最低賃金を下回るケースなど、典型的な違法パターンを具体的に説明します。
最後に、2025年現在の最新の法改正への対応方法もカバーします。2024年4月に施行された労働条件明示ルールの強化や、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制など、最新の法令に準拠した制度設計の方法を解説します。
この記事を最後までお読みいただくことで、固定残業代制度を適法に設計・運用するための知識が全て身につきます。未払い残業代請求のリスクを回避し、安心して制度を運用するために、ぜひご活用ください。
固定残業代とは?基礎知識

固定残業代(みなし残業)の定義
固定残業代とは、実際の残業時間に関わらず、毎月一定額の残業代を支給する制度です。「みなし残業」「定額残業代」とも呼ばれ、多くの企業で採用されています。
この制度は主に3つの目的で導入されます。第一に、人件費の予測と管理の容易化です。毎月の残業時間は繁閑によって変動しますが、固定残業代制度では一定額を支給するため、月次の人件費予算が立てやすくなります。特に資金繰りが重要な中小企業にとって、この予測可能性は大きなメリットとなります。
第二に、給与計算業務の効率化です。実際の残業時間を毎月細かく集計して計算する手間が軽減され、給与計算担当者の業務負担が減少します。ただし、固定残業時間を超過した場合の差額計算は依然として必要となります。
第三に、採用時の給与提示の明確化です。求人票に「月給30万円(固定残業代含む)」のように記載することで、応募者に対して給与水準を分かりやすく提示できます。ただし、2024年4月からは基本給と固定残業代を分離して明示することが義務付けられたため、この点には注意が必要です。
ただし、固定残業代制度は労働基準法で明確に規定されているわけではなく、判例によって有効性が判断されてきた制度です。そのため、制度設計を誤ると「残業代を支払っていない」とみなされ、未払い賃金として追加支払いを求められるリスクがあります。最高裁判所の判例や労働基準監督署の指導により、有効と認められるための要件が明確化されてきており、これらの要件を全て満たす必要があります。
固定残業代が有効となる3つの要件
最高裁判例や労働基準監督署の指導により、固定残業代が有効と認められるには以下の3要件を満たす必要があります。
| 要件 | 内容 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| ①明確な区分 | 基本給と固定残業代が明確に区分されている | 給与明細で「固定残業代」として独立して表示されているか |
| ②時間数の明示 | 何時間分の残業代なのかが明示されている | 雇用契約書や就業規則に「○時間分」と記載されているか |
| ③差額の支払い | 固定残業時間を超えた場合は差額を支払う | 超過分の残業代を別途計算して支給しているか |
これらの要件を一つでも欠くと、固定残業代全体が無効とされ、全ての残業代を改めて計算して支払う必要が生じます。
固定残業代を導入する企業のメリット・デメリット
固定残業代制度の導入を検討する際は、メリットとデメリットの両面を理解しておく必要があります。
企業側のメリット
第一に、毎月の人件費が予測しやすくなる点が挙げられます。固定残業代制度では、繁忙期・閑散期に関わらず一定額を支給するため、月次の人件費予算が立てやすく、資金繰りの計画が容易になります。特に中小企業にとっては、キャッシュフローの管理が重要であるため、この予測可能性は大きなメリットとなります。
第二に、給与計算の手間が軽減される点です。毎月実際の残業時間を細かく集計して計算する必要がなく、固定額を支給すればよいため、給与計算業務の効率化につながります。ただし、固定残業時間を超過した場合の差額計算は必要となるため、完全に手間がなくなるわけではありません。
第三に、求人票での給与額が高く見える効果があります。例えば「基本給25万円+固定残業代5.7万円=月給30.7万円」と表記することで、求職者に対して給与水準が高い印象を与えることができます。ただし、これはあくまで「見せ方」の問題であり、実質的な待遇改善ではない点に注意が必要です。
企業側のデメリット
最大のデメリットは、残業が少ない従業員にも固定額を払う必要がある点です。例えば固定残業時間を30時間分で設定した場合、実際の残業が10時間しかなくても30時間分の残業代を支払わなければなりません。これは企業にとってコスト増となる可能性があります。
また、制度設計を誤ると違法となり、大きなリスクを抱えることになります。固定残業代が無効と判断された場合、過去に遡って全ての残業代を計算し直して支払う必要が生じます。さらに付加金(未払い額と同額)や遅延損害金も加算されるため、企業にとって多額の支出となる可能性があります。実際に、数百万円から数千万円の支払いを命じられた判例も存在します。
さらに、従業員の残業時間管理が疎かになりやすいという問題もあります。「どうせ固定で払っているから」という意識が生まれると、長時間労働を黙認する企業風土につながりかねません。これは従業員の健康を害するだけでなく、労働基準監督署からの指導対象となるリスクも高まります。
従業員側のメリット・デメリット
従業員にとってのメリットは、残業が少ない月でも一定額が保証される点です。閑散期で残業が少なくても給与が安定するため、生活設計がしやすくなります。
一方でデメリットとしては、実際の残業時間が把握されにくくなる可能性があります。企業が固定残業時間を超過しても追加支払いをしない場合や、そもそも実労働時間を記録していない場合、従業員は自分の労働実態が適切に評価されているか確認できません。また、「固定残業代を払っているのだから残業して当然」という企業側の意識につながり、長時間労働を強いられるリスクもあります。
固定残業代の計算方法【ステップ解説】

それでは、固定残業代の具体的な計算方法を5つのステップで解説します。
固定残業代の計算方法ステップ1:計算に必要な情報を揃える
固定残業代を正確に計算するには、まず以下の4つの情報を正確に把握する必要があります。
①基本給(月給)について
ここでいう基本給とは、固定残業代を含まない純粋な基本給与額を指します。重要なのは、基本給に含めてよい手当と含めてはいけない手当を正しく区分することです。例えば、役職手当や資格手当は基本給に含めて計算する必要がありますが、家族手当や通勤手当は除外します。この区分を誤ると、固定残業代の計算全体が狂ってしまうため、最も注意が必要なポイントです。
②1ヶ月の平均所定労働時間について
これは年間の所定労働日数から算出します。月によって労働日数は異なるため(2月は28日、12月は31日など)、必ず「年間平均」で計算する必要があります。具体的には「(365日-年間休日数)×1日の所定労働時間÷12ヶ月」という計算式を使います。例えば年間休日120日、1日8時間勤務の会社であれば、(365-120)×8÷12=163.3時間となります。この数値を誤ると、基礎時給が変わり、固定残業代の金額全体に影響するため、正確な計算が必須です。
③固定残業時間数について
何時間分の残業代を固定で支払うかを決定します。実務上は20〜30時間程度が一般的ですが、これは企業の実態に応じて設定します。ただし、36協定の原則的上限が月45時間であることを考慮し、過度に長い時間を設定することは避けるべきです。80時間など極端に長い設定は、公序良俗違反として無効と判断される可能性があります。また、設定した時間数は必ず就業規則や雇用契約書に明記する必要があります。
④割増率について
労働基準法で定められた割増率を適用します。時間外労働は25%増し、深夜労働(22時〜翌5時)は25%増し、休日労働は35%増しとなります。月60時間を超える時間外労働については50%増しとなりますが、中小企業は2023年4月からこの規定が適用されています。固定残業代にどの種類の残業を含めるかによって計算方法が変わるため、明確に定義しておく必要があります。
固定残業代の計算方法ステップ2:基礎時給の計算
まず、基本給から1時間あたりの基礎時給を算出します。
計算式
基礎時給 = 月給 ÷ 1ヶ月の平均所定労働時間
1ヶ月の平均所定労働時間の算出方法
(365日 - 年間休日数) × 1日の所定労働時間 ÷ 12ヶ月
例:年間休日120日、1日8時間勤務の場合
(365日 – 120日) × 8時間 ÷ 12ヶ月 = 163.3時間
除外できる手当・除外できない手当
| 除外できる手当(算定基礎から除外) | 除外できない手当(算定基礎に含める) |
|---|---|
| ・家族手当 ・通勤手当 ・別居手当 ・子女教育手当 ・住宅手当 ・臨時に支払われた賃金 ・1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金 |
・役職手当 ・資格手当 ・地域手当 ・職務手当 ・精勤手当 ・その他名称を問わず全員に一律支給される手当 |
固定残業代の計算方法ステップ3:1時間あたりの残業代単価の計算
基礎時給に割増率を乗じて、残業代の単価を算出します。
計算式
残業代単価 = 基礎時給 × 割増率(通常0.25)
例:基礎時給が1,500円の場合
1,500円 × 0.25 = 375円(1時間あたりの残業代)
※注釈 基礎時給1,500円+残業単価375円の合計、1,875円
固定残業代の計算方法ステップ4:固定残業代の金額を算出
残業代単価に固定残業時間数を乗じて、固定残業代の金額を決定します。
固定残業代の計算式
固定残業代 = 残業代単価 × 固定残業時間数
例:残業代単価1,875円(基礎時給1,500円+残業単価375円の合計、1,875円)、固定残業時間30時間の場合
1,875円 × 30時間 = 56,250円
固定残業代の計算方法ステップ5:総支給額への組み込み方
固定残業代の表示方法には、主に2つのパターンがあります。どちらを選択するかによって、制度の有効性が大きく変わるため、慎重に検討する必要があります。
固定残業代の計算方法、総支給額への組み込みパターン①:基本給と固定残業代を分離(推奨)
このパターンでは、基本給と固定残業代を給与明細上で明確に分離して表示します。具体例として、基本給250,000円、固定残業代56,250円(30時間分)、合計306,250円という形式です。
このパターンが推奨される理由は、基本給と固定残業代の区分が一目瞭然であり、裁判所や労働基準監督署から有効と認められやすいためです。従業員にとっても、自分の基本給がいくらで、そのうち何時間分が固定残業代なのかが明確に理解できます。また、賞与計算や退職金計算の際に基本給部分だけを基準とする場合にも、計算が容易になります。
固定残業代の計算方法、総支給額への組み込みパターン②:月給に含む形式(非推奨)
このパターンでは、月給306,250円(固定残業代30時間分56,250円を含む)のように、総額を一つの項目として表示します。
このパターンが非推奨とされる理由は、基本給と固定残業代の区分が不明確になりやすく、無効と判断されるリスクが非常に高いためです。給与明細上で明確な区分がない場合、「本当に固定残業代が支払われているのか」を証明することが困難になります。実際の裁判例でも、このような表記方法では固定残業代制度が無効とされたケースが多数存在します。
また、2024年4月の法改正により、労働条件通知書では基本給と固定残業代を分離して明示することが義務付けられました。給与明細でも同様の表記にしておかないと、書類間で整合性が取れなくなり、混乱を招く恐れがあります。
以上の理由から、必ずパターン①のように明確に分離して表示することを強く推奨します。既にパターン②の形式で運用している企業は、早急に給与明細の様式を変更することをお勧めします。
【実例で解説】固定残業代の計算シミュレーション

固定残業代の計算シミュレーションケース①:標準的な事例
固定残業代の計算シミュレーション設定条件
- 基本給:250,000円
- 年間休日:120日
- 1日の所定労働時間:8時間
- 固定残業時間:30時間
- 割増率:25%(時間外労働)
計算手順
①1ヶ月の平均所定労働時間
(365日 – 120日) × 8時間 ÷ 12ヶ月 = 163.3時間
②基礎時給
250,000円 ÷ 163.3時間 = 1,531円(小数点以下切り上げ)
③残業代単価
1,531円 × 0.25 = 382円(小数点以下切り上げ、支払い済みの基礎時給は含まない)
④固定残業代
1,913円 × 30時間 = 57,390円
給与明細のイメージ
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 基本給 | 250,000円 |
| 固定残業代(30時間分) | 57,390円 |
| 総支給額 | 307,390円 |
固定残業代の計算シミュレーションケース②:固定残業時間を超過した場合
上記のケースで、実際の時間外労働が35時間だった場合の計算です。
超過時間
35時間 – 30時間(固定残業時間) = 5時間
追加支払額
1,913円 × 5時間 = 9,565円
給与明細のイメージ
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 基本給 | 250,000円 |
| 固定残業代(30時間分) | 57,390円 |
| 時間外手当(超過5時間分) | 9,565円 |
| 総支給額 | 316,955円 |
重要 固定残業時間を超過した場合、必ず差額を支払う必要があります。これを怠ると未払い残業代となり、違法です。
固定残業代の計算シミュレーションケース③:深夜労働が含まれる場合
固定残業代を時間外労働のみならず、深夜労働分も含めて設定する場合は、それぞれの割増率を考慮して計算します。
設定例
- 時間外労働:20時間分(割増率25%)
- 深夜労働:10時間分(割増率25%)
計算
(1,531円 × 0.25 × 20時間) + (1,531円 × 0.25 × 10時間) = 11,482円
このように、含める残業の種類によって計算方法が変わるため、就業規則や雇用契約書には「時間外労働○時間分、深夜労働○時間分を含む」と明記する必要があります。
固定残業代制度の設計で注意すべきポイント

固定残業代の計算で、違法・無効となる典型的なケース
以下のような場合、固定残業代制度が無効とされ、残業代を改めて計算・支払う必要があります。
| 違法・無効となるケース | 理由と対策 |
|---|---|
| 基本給と固定残業代の区分が不明確 | 「月給30万円(残業代込み)」のような表記では、どこまでが基本給か不明。必ず金額を分離する |
| 固定残業時間数が明示されていない | 「何時間分」が不明だと、超過分の判断ができない。必ず時間数を明記する |
| 超過分を支払わない | 固定時間を超えた残業代を支払わないのは違法。実労働時間の把握と差額支払いは必須 |
| 実労働時間の把握をしていない | タイムカードなどで実労働時間を記録していないと、超過の有無が判断できず違法 |
| 最低賃金を下回る | 固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回ると違法。必ず確認する |
| 固定残業時間が過度に長い | 80時間など過度に長い設定は公序良俗違反で無効となる可能性がある |
固定残業代の計算、就業規則・雇用契約書への記載方法
固定残業代制度を有効にするには、就業規則や雇用契約書に以下の事項を明記する必要があります。これらの記載が不十分だと、制度全体が無効と判断されるリスクがあります。
必須記載事項の詳細
①固定残業代の金額
固定残業代として支給する具体的な金額を明記します。「月額○○円」という形で、数値を明確に記載する必要があります。「相当額を支給する」といった曖昧な表現は認められません。
②固定残業代に含まれる残業時間数
この固定残業代が何時間分の残業代に相当するのかを明記します。「時間外労働○時間分」という形で、具体的な時間数を記載します。深夜労働や休日労働も含める場合は、「時間外労働○時間分、深夜労働○時間分」のように、それぞれの時間数を明確に分けて記載することが望ましいです。
③固定残業時間を超えた場合は別途支払う旨
固定残業時間を超過した場合には、超過分について追加で割増賃金を支払うことを明記します。この記載がないと、「超過分を支払わなくてよい」と解釈される恐れがあり、制度全体が無効となる可能性があります。
④基本給と固定残業代の内訳
総支給額のうち、どこまでが基本給で、どこからが固定残業代なのかを明確に区分します。「基本給○○円、固定残業代○○円」という形で、金額を分離して記載する必要があります。
記載例
「基本給は月額○○円とし、これとは別に固定残業代として月額○○円を支給する。この固定残業代は、時間外労働○時間分の割増賃金として支給するものである。時間外労働が○時間を超えた場合は、超過分について別途割増賃金を支給する。」
この記載例は、上記の4つの必須事項を全て満たしており、裁判所や労働基準監督署からも有効と認められやすい表現となっています。自社の就業規則を作成する際は、このような明確な表現を心がけてください。
固定残業代の計算、給与明細の表記方法
給与明細でも、固定残業代を明確に区分して表示する必要があります。
適切な明細書の例
| 支給項目 | 金額 |
|---|---|
| 基本給 | 250,000円 |
| 固定残業代(30時間分) | 57,390円 |
| 通勤手当 | 10,000円 |
NGな明細書の例
| 支給項目 | 金額 |
|---|---|
| 月給 | 307,390円 |
| 通勤手当 | 10,000円 |
※この例では固定残業代が明確に区分されておらず、無効と判断される可能性が高い
最低賃金との関係
固定残業代を除いた基本給部分が、最低賃金を下回っていないか確認する必要があります。
チェック方法
基本給 ÷ 月平均所定労働時間 ≧ 最低賃金(時間額)
例 東京都の最低賃金が1,163円(2024年10月現在)の場合
基本給250,000円 ÷ 163.3時間 = 1,531円 → OK(最低賃金を上回る)
もし基本給が200,000円だった場合
200,000円 ÷ 163.3時間 = 1,225円 → OK(最低賃金を上回る)
最低賃金は毎年10月に改定されるため、定期的に確認することが重要です。
2025年対応|法改正と最新の実務動向

固定残業代の計算、労働時間の上限規制との関係
2019年4月(中小企業は2020年4月)から施行された働き方改革関連法により、時間外労働の上限規制が設けられています。この上限規制は、固定残業代制度を設計する際にも重要な考慮要素となります。
固定残業代の計算、上限規制の内容
固定残業代の計算、原則的な上限
時間外労働は月45時間、年360時間が原則的な上限です。これは36協定を締結していても超えることができない絶対的な上限として機能します。多くの企業では、この月45時間という数値が実質的な残業の上限となっています。
特別条項付き36協定の場合
臨時的な特別の事情がある場合に限り、労使で特別条項付きの36協定を締結することで、上限を超えることができます。ただし、この場合でも以下の制限があります。
年間の時間外労働は720時間以内に制限されます。これは休日労働を含まない時間外労働のみの時間数です。また、時間外労働と休日労働を合わせた時間数は、月100時間未満でなければなりません。さらに、2ヶ月平均、3ヶ月平均、4ヶ月平均、5ヶ月平均、6ヶ月平均のいずれも80時間以内に収める必要があります。
加えて、月45時間を超えることができるのは年6回までに制限されています。つまり、年の半分は原則的な上限(月45時間)を守らなければなりません。
固定残業時間の設定目安
固定残業時間を45時間を超えて設定することも、法律上は禁止されているわけではありません。しかし、実務上は以下の理由から推奨されません。
第一に、36協定の原則的上限が月45時間であることです。固定残業時間を45時間超で設定した場合、「常態的に上限を超える残業を前提としている」と解釈され、労働基準監督署の指導対象となりやすくなります。
第二に、長時間の固定残業設定は公序良俗違反とされる可能性があります。過去の裁判例では、80時間の固定残業代が「過労死ラインを超える長時間労働を前提としており公序良俗に反する」として無効と判断されたケースがあります。
第三に、従業員の健康配慮義務の観点からも問題があります。企業には従業員の安全と健康を守る義務があり、長時間労働を前提とした制度設計はこの義務に反する可能性があります。
実務上は、20〜30時間程度の設定が一般的です。これは原則的な上限(月45時間)の半分程度であり、合理的な範囲として認められやすい水準です。業種や職種によって実態は異なりますが、45時間を超える設定は慎重に検討する必要があります。
労働条件明示のルール強化
2024年4月から、労働条件の明示ルールが強化されました。この改正は、固定残業代制度を導入している企業にとって非常に重要です。
固定残業代制度に関する明示事項(新設)
①固定残業代を除いた基本給の額
これまでは「月給30万円(固定残業代を含む)」という表記も許されていましたが、改正後は必ず「基本給25万円、固定残業代5万円」のように、基本給と固定残業代を分離して明示する必要があります。この明示により、従業員は自分の実質的な基本給がいくらなのかを明確に理解できるようになります。
②固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
固定残業代が何時間分の残業代に相当するのか、そしてその金額がどのように計算されたのかを明示する必要があります。例えば「固定残業代5万円は、時間外労働30時間分(基礎時給1,500円×割増率0.25×30時間=11,250円)として支給する」のように、計算根拠を含めて説明することが望ましいです。
③固定残業時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働分についての割増賃金を追加で支払う旨
固定残業時間を超過した場合には、超過分について追加で割増賃金を支払うことを明示する必要があります。この明示により、従業員は「固定残業代を払っているから、それ以上は支払われない」という誤解を防ぐことができます。
固定残業代の計算、対応が必要なタイミング
これらの事項は、労働契約の締結時と、有期労働契約の更新時に書面で明示する必要があります。「締結時」とは、新規採用時や固定残業代制度を新たに導入する時を指します。
重要なのは、既存の従業員についても対応が必要という点です。有期雇用労働者(契約社員、パートタイマーなど)については、契約更新のタイミングで新しいルールに基づいた労働条件通知書を交付する必要があります。無期雇用労働者(正社員)については、労働条件に変更があった場合や、従業員から求めがあった場合に交付することが望ましいとされています。
この改正に対応していない場合、労働基準監督署の臨検時に是正勧告の対象となる可能性があります。また、労働条件の明示が不十分だったことを理由に、固定残業代制度全体が無効と判断されるリスクも高まります。企業としては、早急に就業規則、雇用契約書、労働条件通知書のひな形を見直し、新しいルールに対応させる必要があります。
未払い残業代請求のトレンド
近年、固定残業代制度の不備を理由とした未払い残業代請求が増加しています。
請求事例の特徴
最も多いのは、退職時にまとめて請求されるケースです。在職中は請求を控えていた従業員が、退職を機に弁護士に相談し、過去の未払い残業代を請求するというパターンが典型的です。従業員としては、在職中に請求すると職場での立場が悪くなることを懸念し、退職後に請求する方が安全だと考えるためです。
請求できる期間は、2020年4月の法改正により、従来の2年から3年に延長されました(将来的には5年への延長も検討されています)。そのため、1人の従業員から数百万円の請求を受けることも珍しくありません。特に、管理職や営業職など、長時間労働が常態化していた職種では、請求額が高額になる傾向があります。
さらに深刻なのは、裁判所が「付加金」を命じる可能性がある点です。付加金とは、未払い額と同額を追加で支払わせるペナルティで、実質的に未払い額の2倍を支払うことになります。加えて、遅延損害金(年14.6%または年3%)も加算されるため、企業の負担は非常に大きくなります。
企業が取るべき予防策の詳細
①現在の固定残業代制度が適法か社労士に診断してもらう
既に固定残業代制度を導入している企業は、まず現在の制度が法的に有効かどうかを確認する必要があります。就業規則、雇用契約書、給与明細の3点セットを社会保険労務士に提出し、専門家の目で診断してもらうことをお勧めします。多くの企業で、自社では問題ないと思っていた制度に法的な不備が見つかるケースがあります。早期に発見すれば、被害を最小限に抑えることができます。
②就業規則・雇用契約書・給与明細を2024年4月の改正に対応させる
2024年4月から、労働条件の明示ルールが強化されました。固定残業代制度については、基本給と固定残業代を明確に区分し、固定残業時間数と計算方法を明示することが義務付けられています。既存の従業員についても、契約更新のタイミングで書面を交付する必要があります。この対応を怠ると、労働基準監督署から是正勧告を受けるリスクがあります。
③実労働時間を正確に把握する仕組みを整備する
固定残業代制度を導入していても、実際の労働時間を記録する義務は免除されません。タイムカードやICカード、勤怠管理システムなどを活用し、全従業員の正確な労働時間を把握する必要があります。特に注意が必要なのは、「自己申告制」です。自己申告だけでは正確性が担保されず、実際の労働時間との乖離が生じやすいため、客観的な記録方法と併用することが推奨されます。
④固定残業時間を超過した場合の差額支給を確実に行う
毎月の給与計算時に、実労働時間が固定残業時間を超えていないか必ず確認し、超過している場合は差額を支給します。この支払いを怠ると、固定残業代制度全体が無効となるだけでなく、悪質な賃金不払いとして刑事罰(労働基準法違反)の対象となる可能性もあります。給与計算担当者には、この点を特に徹底させる必要があります。
⑤定期的に最低賃金との整合性を確認する
最低賃金は毎年10月に改定されます。固定残業代を除いた基本給部分が最低賃金を下回っていないか、年に1回は必ず確認してください。特に、基本給が低めに設定されている企業や、最低賃金が高い都道府県(東京、神奈川など)に事業所がある企業は要注意です。最低賃金違反は労働基準法違反となり、罰則の対象となります。
よくある質問(FAQ)

Q1. 固定残業代は何時間まで設定できますか?
法律上の明確な上限はありませんが、36協定の原則的上限(月45時間)を考慮すると、45時間以内が妥当です。実務上は20〜30時間程度が一般的で、80時間など過度に長い設定は公序良俗違反として無効となる可能性があります。
Q2. 固定残業代を減額することはできますか?
固定残業代は賃金の一部であるため、労働者の同意なく一方的に減額することはできません。減額する場合は、労働者の個別同意を得た上で、労働条件通知書や雇用契約書を再締結する必要があります。ただし、実質的な不利益変更となるため、慎重な対応が求められます。
Q3. 固定残業時間に満たない場合、減額できますか?
できません。固定残業代は、実際の残業時間に関わらず支払う必要があります。たとえ残業がゼロであっても、固定残業代の全額を支払わなければなりません。これが「固定」残業代の意味です。
Q4. パート・アルバイトにも固定残業代を適用できますか?
法律上は可能ですが、実務上は推奨されません。パート・アルバイトは勤務時間が変動しやすく、固定残業代を設定する合理性が乏しいためです。また、最低賃金を下回るリスクも高まります。パート・アルバイトには、実働時間に応じた残業代を支払う方が適切です。
Q5. 賞与にも固定残業代を含めることはできますか?
できません。固定残業代は「毎月」支払われる賃金でなければならず、賞与のような臨時的な支給では固定残業代としての効力が認められません。必ず月々の給与で支払う必要があります。
Q6. 固定残業代を導入済みですが、計算が正しいか不安です
固定残業代制度を既に導入している企業様から最も多くいただく質問です。以下のチェックリストで、現在の制度に問題がないか確認してください。
固定残業代の計算、チェック項目①:給与明細での区分表示
給与明細で基本給と固定残業代が明確に区分されているかを確認してください。「基本給:250,000円」「固定残業代(30時間分):57,390円」のように、それぞれ独立した項目として表示されている必要があります。もし「月給:307,390円」とだけ記載されている場合は、区分が不明確で無効となるリスクが高いです。早急に給与明細の様式を変更する必要があります。
固定残業代の計算、チェック項目②:雇用契約書への時間数明記
雇用契約書や労働条件通知書に、固定残業時間数が具体的に明記されているかを確認してください。「時間外労働30時間分として固定残業代を支給する」という形で、数値が明示されている必要があります。「相当額を支給する」「残業代を含む」といった曖昧な表現では不十分です。
固定残業代の計算、チェック項目③:超過分の差額支給
固定残業時間を超過した場合に、きちんと差額を支払っているかを確認してください。例えば固定残業が30時間分で、実際の残業が35時間だった場合、5時間分の追加支払いが必要です。この支払いを怠っている月が一度でもあると、制度全体が無効となるリスクがあります。過去の給与台帳を見直し、超過分の支払い漏れがないか確認してください。
固定残業代の計算、チェック項目④:実労働時間の記録
タイムカードや勤怠管理システムで、全従業員の実労働時間を正確に記録しているかを確認してください。「固定残業代を払っているから時間管理は不要」という考えは誤りです。労働基準法上、使用者には労働時間を把握する義務があり、これを怠ると労働基準監督署から是正勧告を受ける可能性があります。
固定残業代の計算、チェック項目⑤:最低賃金との整合性
固定残業代を除いた基本給部分が、都道府県の最低賃金を下回っていないかを確認してください。具体的には「基本給÷月平均所定労働時間」で時給換算し、それが最低賃金以上であるか確認します。最低賃金は毎年10月に改定されるため、直近の改定後にチェックしていない場合は、必ず確認してください。
固定残業代の計算、チェック項目⑥:2024年4月改正への対応
2024年4月から施行された労働条件明示ルールに対応しているかを確認してください。具体的には、①基本給と固定残業代の金額分離、②固定残業時間数と計算方法の明示、③超過分の支払い義務の明示、の3点が労働条件通知書に記載されている必要があります。
一つでも該当する場合は専門家への相談を
上記のチェック項目で一つでも問題が見つかった場合は、制度の見直しが急務です。自己判断で対応すると、かえって状況を悪化させる可能性もあります。社会保険労務士に相談して、制度診断を受けることを強くお勧めします。
当事務所では、現行制度の適法性診断を行い、問題点を洗い出した上で、具体的な改善策をご提案しています。未払い残業代請求を受けてから対応するのではなく、事前に対策を講じることで、企業のリスクを最小限に抑えることができます。初回相談は無料ですので、少しでも不安がある場合は、お気軽にご相談ください。
固定残業代の計算についてのまとめ
固定残業代の計算と制度設計について解説しました。重要なポイントを改めて整理します。
固定残業代計算の5ステップ
固定残業代を正しく計算するには、体系的なアプローチが必要です。まず第一に、必要情報を揃えます。基本給、所定労働時間、固定残業時間数、割増率の4つの要素を正確に把握してください。
第二に、基礎時給を計算します。月給を月平均所定労働時間で割ることで、1時間あたりの基礎時給が算出されます。この際、除外できる手当(家族手当、通勤手当など)を誤って含めないよう注意が必要です。
第三に、残業代単価を計算します。基礎時給に割増率(通常0.25)を乗じることで、1時間あたりの残業代単価が求められます。
第四に、固定残業代を算出します。残業代単価に固定残業時間数を乗じることで、毎月支払うべき固定残業代の金額が確定します。
最後に、給与明細で明確に区分して表示します。基本給と固定残業代を分離し、「固定残業代(○時間分)」という形で時間数も併記することが重要です。
制度設計で絶対に守るべき3要件
固定残業代制度が有効と認められるには、3つの要件を全て満たす必要があります。
第一の要件は、基本給と固定残業代を明確に区分することです。給与明細、雇用契約書、就業規則の全てにおいて、金額を分離して表示する必要があります。「月給30万円(残業代込み)」のような曖昧な表記は認められません。
第二の要件は、何時間分の残業代かを明示することです。単に「残業代として○万円を支給する」だけでは不十分で、「時間外労働30時間分として○万円を支給する」のように、具体的な時間数を明記する必要があります。
第三の要件は、超過分は必ず差額を支払うことです。固定残業時間を超えた残業については、超過分の残業代を別途計算して支給する義務があります。この支払いを怠ると、固定残業代制度全体が無効となり、全ての残業代を改めて計算し直す必要が生じます。
よくあるリスクと対策
多くの企業が見落としがちなリスクがあります。
最も多いのは、最低賃金を下回っているケースです。固定残業代を除いた基本給部分が、都道府県の最低賃金(時間額)を下回っていないか、毎年10月の改定時に必ず確認してください。特に基本給が低めに設定されている企業は要注意です。
次に、実労働時間を把握していないケースです。固定残業代を支払っているからといって、実労働時間の記録義務が免除されるわけではありません。タイムカードや勤怠管理システムで、全従業員の正確な労働時間を記録する必要があります。
また、2024年4月の労働条件明示ルール改正に対応していないケースも多く見られます。固定残業代制度を導入している企業は、就業規則、雇用契約書、労働条件通知書を新しいルールに対応させる必要があります。特に、基本給と固定残業代の分離、時間数と計算方法の明示、超過分の支払い義務の明示が必須です。
固定残業代制度は、適切に設計・運用すれば企業にとって有用な制度ですが、一つでも要件を欠くと全体が無効となり、多額の未払い残業代請求を受けるリスクがあります。過去の判例では、数百万円から数千万円の支払いを命じられたケースも存在します。
制度の導入や見直しを検討される場合は、必ず社会保険労務士などの専門家にご相談ください。専門家による事前の診断とアドバイスを受けることで、法的リスクを最小限に抑え、安心して制度を運用することができます。
固定残業代制度の診断・導入支援
HR BrEdge社会保険労務士法人(当事務所)では、固定残業代制度に関する包括的なサポートを提供しています。500社以上の顧問実績に基づく専門知識で、貴社の労務リスクを最小化します。
①現行制度の適法性診断
既に固定残業代制度を導入されている企業様向けのサービスです。現在の制度が法令に適合しているか、就業規則・雇用契約書・給与明細の3点セットを詳細に確認し、リスク診断を行います。
診断では、基本給と固定残業代の区分が明確か、時間数が適切に明示されているか、超過分の支払い体制が整っているか、最低賃金との整合性があるか、2024年4月の法改正に対応しているかなど、複数の観点から総合的に評価します。問題点が発見された場合は、具体的な改善策をご提案し、是正のサポートも行います。
多くの企業様で「自社では問題ないと思っていた」制度に法的な不備が見つかるケースがあります。未払い残業代請求を受けてから対応するのではなく、事前に専門家の診断を受けることで、リスクを未然に防ぐことができます。
②制度設計・導入支援
これから固定残業代制度を導入したい企業様、または既存の制度を全面的に見直したい企業様向けのサービスです。貴社の業種、職種、労働実態に合わせた最適な制度設計を行います。
サービス内容には、適切な固定残業時間数の設定アドバイス、基礎時給と固定残業代の計算、就業規則の作成または変更、雇用契約書のひな形作成、給与明細の様式設計、従業員への説明資料の作成などが含まれます。
制度導入後も、実際の運用が開始されるまでフォローアップを行います。給与計算担当者への研修、労働時間管理の仕組み整備、労働基準監督署への届出サポートなど、実務レベルでの定着まで一貫してサポートします。
③2024年改正対応支援
2024年4月から施行された労働条件明示ルールの改正に対応するための専門サービスです。多くの企業様がまだ対応できていないこの改正について、確実かつ効率的に対応します。
具体的には、労働条件通知書のひな形を新しいルールに準拠した形式に更新します。就業規則の記載内容を見直し、必要に応じて変更手続きをサポートします。既存従業員への通知方法についてもアドバイスを提供し、有期雇用労働者の契約更新時に使用する書式も整備します。
この改正に対応していないと、労働基準監督署の臨検時に是正勧告を受ける可能性が高まります。早めの対応をお勧めします。
④給与計算アウトソーシング
固定残業代の計算を含めた給与計算業務全体を当事務所が代行するサービスです。計算ミスのリスクを完全に解消し、担当者の業務負担を大幅に軽減します。
固定残業代制度では、毎月の実労働時間と固定残業時間を比較し、超過分がある場合は差額を計算して支給する必要があります。この計算は意外と複雑で、ミスが発生しやすい業務です。当事務所にアウトソーシングすることで、正確な計算が保証され、未払い残業代のリスクを回避できます。
また、法改正への対応も自動的に行われるため、企業様側で常に最新の法令を把握する必要がありません。最低賃金の改定、社会保険料率の変更、税制改正なども全て対応します。
給与計算だけでなく、勤怠データの集計、給与明細の作成・配布、振込データの作成、社会保険・労働保険の手続きなど、人事労務に関する業務を包括的にサポートすることも可能です。
まずは無料相談から
固定残業代制度でお困りの企業様、これから導入を検討されている企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。初回相談は無料で承っております。
貴社の現状をヒアリングさせていただき、最適なソリューションをご提案いたします。お電話、メール、またはお問い合わせフォームからご連絡ください。経験豊富な社会保険労務士が、親身になって対応いたします。
この記事の執筆者・著者情報 HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺 俊一
HR BrEdge社会保険労務士法人(旧称:社会保険社労士法人渡辺事務所) 代表 特定社会保険労務士 渡辺 俊一 ・保有資格 |
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