こんにちは。HR BrEdge社会保険労務士法人代表、特定社会保険労務士の渡辺俊一(わたなべとしかず)です。
「希望退職を募集したいが、退職金の上乗せはいくらが妥当かわからない」「割増退職金の金額を誤って訴えられないか不安」「中小企業の現実的な相場は、結局のところ大企業の事例と何が違うのか」——大阪・東京・福岡・名古屋を中心に、顧問先500社超のHR BrEdgeでも、希望退職に関するご相談は2024年以降、目に見えて増えています。
2024年〜2025年にかけては、資生堂・ワコール・パナソニック・富士通といった大企業の希望退職募集が連続して報じられました。三越伊勢丹ホールディングスでは最大5,000万円、日本ハムでは約3,850万円という割増退職金の数字が独り歩きし、「うちのような中小企業はいくら出せばいいのか」と頭を抱える経営者の方が増えています。
こんなお悩みを感じていませんか?
- 「業績改善のために希望退職を募集したいが、相場が読めず社内提案できない」
- 「割増退職金を渋ったら応募が集まらず、結局整理解雇になるのが怖い」
- 「退職した社員から後日訴えられるリスクをどう避ければいいかわからない」
- 「退職所得控除や失業給付の扱いを社員にきちんと説明できる自信がない」
希望退職は、整理解雇よりも円満な人員整理の手段として有効ですが、退職金の設計次第で応募率・財務負担・法的リスクが大きく変わる制度です。実務では「相場」だけを見て金額を決めるのではなく、「金額×手順×予防法務」の三位一体で設計することが、訴訟リスクを抑える最大のポイントです。
この記事では、希望退職の退職金について、大企業の実例と中小企業の現実的な相場、4つの設計パターン、退職所得控除の手取りシミュレーション、失業給付の取り扱い、訴えられないための5つの予防法務、そしてFAQ15問まで、中小企業の経営者・人事労務担当者が「明日から制度設計に着手できる」レベルで詳しく解説します。

希望退職の退職金とは?整理解雇・早期退職・退職勧奨との違い
まず最初に、似ているようでまったく違う4つの制度——希望退職、整理解雇、早期退職制度、退職勧奨——をきちんと整理します。この区別が曖昧なまま走り出すと、後々「これは退職勧奨だったのではないか」と社員から主張され、紛争化するケースが現実に存在します。
希望退職と整理解雇の違い(4要件を回避できる利点)
希望退職とは、企業が一定の期間と条件を区切って、退職を「希望する」社員を募る制度です。応募するかしないかは社員の自由意思であり、会社が一方的に退職を強いる整理解雇とは法的位置づけがまったく異なります。
整理解雇には、判例で確立した「整理解雇4要件」が課されます。具体的には、(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力義務の履行、(3)被解雇者選定の合理性、(4)解雇手続きの妥当性、の4つです。1つでも欠ければ解雇無効と判断されるリスクがあり、中小企業にとっては実質的に「最後の手段」と言える厳しさです。
これに対し希望退職は、双方の合意に基づく退職のため、整理解雇4要件の充足は厳密には求められません。しかし注意していただきたいのは、「希望退職の体裁をとっていても、実態が退職強要に近づけば整理解雇と同等の厳格な要件が問われる」という点です。だからこそ、後述する予防法務が極めて重要になります。
早期退職制度(恒常的)と希望退職募集(時限的)の違い
早期退職制度は、就業規則に常時組み込まれた制度で、たとえば「50歳以上の社員が申し出れば、定年退職と同じ支給率で退職金を支給する」といった形で運用されます。組織の新陳代謝や、定年前のセカンドキャリア促進が目的です。
一方、希望退職募集は「期間限定」かつ「人数枠あり」で実施される臨時措置です。業績悪化、事業再編、構造改革といった非常時の人員整理を主目的とし、就業規則本則ではなく「希望退職特別措置規程」のような別添規程で運用するのが一般的です。
退職勧奨と希望退職の違い(裁判リスクの違い)
退職勧奨は、特定の社員を名指しして個別に退職をお願いする行為です。希望退職が「広く全社員に呼びかけて応募を待つ」のに対し、退職勧奨は「特定の個人に向き合う」点で大きく異なります。
退職勧奨は違法ではありませんが、同じ社員に対して何度も声をかけたり、長時間にわたって面談したり、退職以外の選択肢を示さなかったりすると「退職強要」と判断され、慰謝料請求の対象になるリスクがあります。判例上は「同じ社員への3回目以降の勧奨は慎重を期すべき」とされており、希望退職募集の中で個別面談を行う際にも、この線引きを意識する必要があります。
渡辺 俊一
希望退職の「割増退職金」相場|大企業実例と中小企業の現実
「相場いくら?」というのは、希望退職を検討する経営者の方からもっとも多くいただく質問です。ここでは、報道で明らかになっている大企業の実例と、HR BrEdgeの顧問先500社で実際に運用されている中小企業の相場を、隣り合わせで提示します。「自社規模だとどのレンジか」を読み取るための材料にしてください。

大企業の割増退職金実例(資生堂・日本ハム・三越伊勢丹ほか)
2019年以降に報じられた主な企業実例は、おおむね次のとおりです。検索でよくヒットする「資生堂」「日本ハム」「3,000万円」「4,000万円」といった数字も、ここに集約されています。
| 企業 | 割増退職金(報道ベース) | 備考 |
| 三越伊勢丹HD | 最大5,000万円 | 年齢・勤続上位層が対象 |
| 日本ハム | 約3,850万円 | 2019年募集 |
| 協和発酵キリン | 約1,723万円 | 2019年募集 |
| 富士通 | 約1,618万円 | 2019年募集 |
| ワコール | 1人あたり約1,000万円 | 2024年募集・約150人枠に215人応募 |
| コカ・コーラBJH | 約916万円 | 2019年募集 |
大企業の数字は、退職時の年収に対しておおむね「年収の1〜3年分」に相当するレンジです。年齢・勤続年数・役職によって個人差は大きく、報道される金額は通常「最大支給額」「平均支給額」のいずれかで、全員がその額を受け取るわけではありません。
中小企業の現実的な割増相場(顧問先500社の実例から)
では、中小企業ではいくら出せば応募が集まるのか。HR BrEdgeの顧問先500社で実際に運用された希望退職の相場帯は、おおむね次のとおりです。
- 一律支給型:全員に30万〜100万円程度を加算(小規模・短期間の調整向け)
- 勤続年数加算型:通常の退職金に加え、勤続1年あたり10万〜30万円を上乗せ(勤続20年の社員なら200万〜600万円の上乗せ)
- 月収倍率型:基本給×3か月〜6か月分(大企業の半分程度の水準)
- 年齢加算型:50歳以上の社員に基本給×4か月〜6か月を上乗せ
大企業の派手な金額ばかりに目を奪われがちですが、中小企業では「月収3〜6か月分」「総額200万〜600万円」が一つのリアルなレンジです。応募率は「金額」だけでなく「再就職支援の有無」「制度説明の丁寧さ」によっても大きく変わるため、金額勝負だけに走るのは得策ではありません。
「割増ゼロ」の希望退職は法律上可能だが応募が集まらない理由
法律上、希望退職に「割増退職金を支給しなければならない」という義務はありません。割増ゼロで募集することも理屈の上では可能です。
しかし実務上、割増ゼロでは応募はほぼ集まりません。「自己都合退職と同じ条件で辞めるなら、辞める動機がない」からです。応募率を確保するためには、最低でも以下の2つのうちどちらかが必要です。
- 通常退職金に明確な上乗せ(割増退職金)を行う
- 退職金は据え置きでも、有給休暇の買い取り・再就職支援・離職票上の会社都合扱いなど「総合的なインセンティブ」を提供する
割増の財源確保が難しい場合は、後述する「早期再就職支援等助成金」の活用や、中退共制度との連動で実質的な負担を圧縮する設計も検討できます。
割増退職金の決め方|中小企業向け4つの設計パターン
「結局のところ、自社の場合いくらに設定すればいいのか」を判断するための、4つの代表的な設計パターンを紹介します。組み合わせて使うこともできるので、自社の人員構成と財務体力に応じて検討してください。

パターン①:一律支給型(30万〜100万円)
応募者全員に同一金額を上乗せする最もシンプルな方式です。設計が容易で、社員間の不公平感も生まれにくいのが利点。一方で、年齢・勤続年数・年収が大きく異なる社員に同額を出すため、高賃金のベテラン層には魅力が薄く、若手層には過剰になりやすいという弱点もあります。
小規模(10〜30名)の希望退職や、特定の事業部のみを対象とする短期間の調整に向いています。
パターン②:勤続年数加算型(1年あたり5万〜30万円)
勤続年数に応じて加算額が増える方式です。「会社に貢献してきた年数」を可視化できるため、ベテラン層への訴求力が高くなります。中小企業では勤続1年あたり10〜30万円が一般的なレンジで、たとえば勤続25年の社員なら250万〜750万円の上乗せになります。
注意点は、勤続年数の長い社員ほど支給額が大きくなるため、財務インパクトの予測が立てづらいこと。応募シミュレーションを社労士・会計士と組んで事前に行うことを強くおすすめします。
パターン③:年齢加算型(50歳以上で月収×4〜6か月)
「世代交代を促したい」「中高年層の人件費を圧縮したい」という意図がある場合に有効な方式です。50歳以上、55歳以上といった年齢区分ごとに加算月数を設定します。
ただし、年齢のみを基準にすると「年齢差別」との批判を招く可能性があります。労働施策総合推進法は募集・採用時の年齢制限を原則禁止していますが、希望退職の対象設定については「業務上の合理的理由」があれば認められる余地があります。設計理由(例:高齢層の人件費圧縮、ポスト不足の解消)を文書化しておくことが重要です。
パターン④:定年みなし計算型(年功型企業向け)
最も手厚いのが、退職時の年齢を「定年退職時」とみなして退職金を計算する方式です。たとえば55歳で希望退職に応じた社員に、60歳の定年退職時と同じ支給率を適用します。年功型の退職金規程を持つ企業で、応募率を確実に確保したいときに用いられます。
支給額が最も大きくなる分、財務負担も大きくなります。大企業の高額事例(1,000万〜3,000万円超)はこのパターンの場合が多いと理解しておくとよいでしょう。
希望退職の退職金にかかる税金|退職所得控除と中小企業の手取りシミュレーション
「割増退職金は税金で半分持っていかれる」と思っている社員の方は少なくありません。実際には、退職所得控除と2分の1課税という強力な節税の仕組みがあり、手取りベースで見ると想像以上に有利な制度です。社員に説明する際にも、ここを正確に押さえておくことが信頼につながります。

退職所得控除の計算式(勤続20年以下/20年超)
退職金にかかる所得税は、まず「退職所得控除額」を差し引いてから、残額の2分の1に対して所得税率を掛けるという、極めて優遇された計算式になっています。
退職所得控除額の計算式は、勤続年数で2段階に分かれます。
- 勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続20年超:800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)
勤続年数は1年未満を切り上げて計算します。たとえば勤続10年2か月であれば、11年として計算します。
中小企業の実額シミュレーション3パターン(500万・1,000万・1,800万円帯)
具体的に、中小企業で想定される退職金額3パターンの手取りを試算してみます(住民税は概算で含めず、所得税のみの概算)。
| ケース | 勤続年数 | 退職金(割増含む) | 退職所得控除 | 所得税(概算) |
| A:若手リーダー層 | 15年 | 500万円 | 600万円 | 0円(控除内で完結) |
| B:管理職層 | 25年 | 1,000万円 | 1,150万円 | 0円(控除内で完結) |
| C:ベテラン層 | 30年 | 1,800万円 | 1,500万円 | 約15万円(課税所得150万円 × 5%) |
このように、中小企業の現実的な金額帯(500万〜1,800万円)であれば、退職所得控除と2分の1課税の効果で所得税はほぼゼロ〜数十万円に収まります。「割増退職金を出すと半分税金で取られる」というのは大きな誤解です。
なお、勤続5年以下の役員等が受け取る「特定役員退職手当等」は、2分の1課税が適用されません。また、役員以外でも勤続5年以下の社員には、300万円を超える部分について2分の1課税が適用されない「短期退職手当等」のルールがあります。短期間の幹部採用後に希望退職を実施する場合は要注意です。
「退職所得の受給に関する申告書」未提出は20.42%源泉徴収のワナ
意外に見落とされがちなのが、社員から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう手続きです。この申告書が未提出のまま退職金を支給すると、支払額の一律20.42%が源泉徴収されてしまいます。本人は確定申告で還付を受けられますが、手取りが一時的に大きく目減りするので、社員から不満が出やすいポイントです。
希望退職を実施するときは、退職日の前に必ず申告書を回収する運用を就業規則・募集要項に明記しておきましょう。
渡辺 俊一
希望退職は会社都合?失業給付・雇用保険の取り扱い
希望退職に応じた社員にとって、退職金と並んで関心が高いのが失業給付(雇用保険の基本手当)です。希望退職は原則として「会社都合退職」扱いになり、自己都合退職と比べて圧倒的に有利な条件で給付を受けられます。
希望退職は原則「特定受給資格者(会社都合)」扱い
雇用保険上、希望退職に応じた社員は「特定受給資格者」として扱われます。これは倒産・解雇に準じた扱いで、自発的に転職を決断した自己都合退職者とは別カテゴリーです。
離職票の離職理由欄には、希望退職募集に応じた退職である旨を明記する必要があります。ここを「自己都合」と誤記すると、社員から確認請求を受け、ハローワークで会社都合へ訂正する手続きが発生します。会社側の事務ミスで社員に不利益を与えると、紛争の火種にもなります。
自己都合との給付日数・待期期間・給付制限の違い
会社都合(特定受給資格者)と自己都合(一般の受給資格者)では、給付の有利さが大きく違います。
| 項目 | 会社都合(希望退職) | 自己都合 |
| 待期期間 | 7日間のみ | 7日+給付制限1〜2か月 |
| 受給資格 | 被保険者期間 6か月以上 | 12か月以上 |
| 所定給付日数 | 最長330日 | 最長150日 |
| 国民健康保険料 | 軽減措置あり | 軽減措置なし |
給付日数は被保険者期間と年齢で決まるため、たとえば45歳以上60歳未満で被保険者期間20年以上の社員は、会社都合なら330日(約11か月)の給付を受けられます。これは社員にとって、退職後の生活設計を組み立てるうえで非常に大きな意味を持ちます。
離職票の記載ミスを防ぐチェックポイント
離職票の作成は、給与計算ソフト任せにせず、最終確認を必ず人事担当者または社労士が行うことをおすすめします。チェックすべきポイントは次の3つです。
- 離職理由欄が「希望退職募集に応じた退職」となっているか
- 「事業主から働きかけがあったか」の項目が正しく記載されているか
- 離職前6か月の賃金額に、希望退職の割増退職金が紛れ込んでいないか(割増退職金は基本手当の算定基礎には含めない)
希望退職を制度化する8ステップ|就業規則改定から面談まで
ここまでお読みいただいて、「割増の相場や税金はわかった。では具体的にどう進めればいいのか」とお感じになっているのではないでしょうか。HR BrEdgeが顧問先で実際に支援している希望退職の標準実施フローを、8つのステップで整理します。

ステップ1〜2:必要性検証・代替策の十分な検討
最初に行うべきは、「希望退職に踏み切る前に、他にやれる手はないか」を経営会議で徹底的に洗い出すことです。固定資産売却、役員報酬カット、不採算事業からの撤退、配置転換、出向、賃金カット——これらの代替案を十分検討せずに人員削減に走ると、後から「解雇回避努力義務違反」と評価されるリスクが残ります。
必要性が確定したら、目標削減人数と必要な人件費削減額を試算します。この段階で社労士・税理士・弁護士の三者でディスカッションすると、後の手続きがスムーズになります。
ステップ3〜4:募集要項設計・労働組合(過半数代表者)との協議
募集要項には、最低でも次の7項目を明記します。
- 募集人数(または上限/下限)
- 募集対象者(年齢・役職・部署など)
- 募集期間(最低でも1か月以上が望ましい)
- 応募の方法(書面・電子申請)
- 退職日
- 優遇措置(割増退職金額・支給時期・有給買取の有無・再就職支援の有無)
- 応募に関するルール(会社の承諾要件・撤回不可ルール・取下げ手続き)
労働組合がある企業では、募集要項の確定前に組合と誠実に協議します。組合がない中小企業でも、労働者の過半数を代表する者を選出し、説明と意見聴取の場を設けるのが安全策です。「組合がないから何もしなくていい」と判断すると、紛争化したときに『手続きの妥当性』を欠いた状態になります。
ステップ5〜6:取締役会決議・就業規則改定(特別退職金規程の別添)
希望退職の実施は、会社法362条4項に基づき、取締役会で正式決議します。議事録には、決議に至った経営状況、検討した代替策、募集要項の概要を記録しておきます。
退職金の支給根拠は、就業規則本則だけでは不十分です。「希望退職特別措置規程」または「特別退職金支給規程」を別添規程として整備し、根拠を明文化しておきます。これが後の予防法務において、最大の盾になります。
ステップ7〜8:全体説明会・個別面談(2名・30分・録音同意)
制度設計が固まったら、対象社員を集めた全体説明会を開きます。経営者自身が登壇し、希望退職に踏み切る背景・対象範囲・優遇措置・スケジュールを丁寧に説明します。
その後、希望者または対象候補者への個別面談に入ります。
- 面談担当者は必ず2名(人事担当者+顧問社労士または管理職)
- 1回の面談は30分以内を目安に
- ボイスレコーダー使用は事前に同意を取得(双方の記録保護)
- 退職以外の選択肢(残留・配置転換)も必ず提示する
- 同じ社員への声掛けは最大2回まで。3回目以降は退職強要リスクが急上昇
訴えられない希望退職の作り方|中小企業が押さえる5つの予防法務
ここからが本記事の核心です。希望退職を実施した中小企業が後で訴えられる原因は、ほぼ100%「設計・手続きの不備」に集約されます。逆に言えば、次の5つを最初から押さえておけば、紛争化のリスクは劇的に下がります。

1. 退職強要にならない面談
判例上、退職勧奨が「退職強要」と評価される典型は、(a)同じ社員に何度も面談を繰り返す、(b)1回の面談時間が長すぎる(2時間超など)、(c)退職以外の選択肢を示さない、(d)人格を否定する発言がある、の4類型です。
面談2名・30分・録音同意・最大2回までというHR BrEdgeの標準プロトコルは、この4類型をすべて回避するために設計されています。
2. 性別・特定部署のみを対象にしない(差別禁止)
男女雇用機会均等法は、希望退職募集の対象を「女性のみ」「特定の保護属性のみ」とすることを禁止しています。育児休業中・産前産後休業中の社員を対象に含めるのも、原則として違法です。
年齢・役職・部署を基準にすることは、合理的理由があれば可能です。ただし、年齢を基準にする場合は「業務上の合理的理由」を文書化しておきましょう。
3. 対象者選定基準の文書化(客観基準で公平性を担保)
対象者の選定基準は、誰が見ても客観的に判断できる基準に限定します。年齢、勤続年数、役職、部署、職種——このあたりは争点化しにくい基準です。一方、「業績評価」「人物評価」「協調性」のような主観基準を入れると、選定の合理性が後で争われやすくなります。
選定基準書には、なぜその基準を採用したかの理由も併記しておくと、紛争化時の防御力が高まります。
4. 同業他社への転職禁止条項は原則無効
「割増退職金を受け取った代わりに、退職後2年間は同業他社へ転職しないこと」といった競業避止特約を希望退職の応募条件に入れたいというご相談を、頻繁にいただきます。しかし、職業選択の自由(憲法22条)の制約は、判例上きわめて限定的にしか認められません。期間・地域・職種を厳格に限定し、かつ十分な代償措置(高額の割増退職金など)がない限り、競業避止特約は無効と判断されるリスクが高いです。
どうしても重要情報の保護が必要な場合は、競業避止特約ではなく「秘密保持契約(NDA)」で守る方が現実的です。
5. 退職届の受理後の撤回拒否ルール
応募者が退職届を提出した後、「やはり撤回したい」と申し出てくるケースは現実にあります。希望退職の場合、会社が受理した時点で退職の合意が成立しており、原則として撤回はできません。ただし、強迫・錯誤・詐欺による意思表示と認められれば撤回が認められる余地があるため、面談時の説明内容は録音・議事録で残しておくべきです。
募集要項に「会社が応募を承諾した時点で退職が確定し、以後の撤回は認めない」と明記しておくと、後の混乱を防げます。
渡辺 俊一
希望退職と一緒に検討したい助成金・中退共・アウトソーシング
希望退職は「退職金を支払って終わり」ではなく、その前後で活用できる外部リソースが意外と多くあります。HR BrEdgeが顧問先でよくお勧めしている3つの選択肢を紹介します。
早期再就職支援等助成金(労働移動支援コース)の活用
離職を余儀なくされる社員に再就職支援を行う事業主に対して、国が支援費用を助成する制度です。再就職援助計画をハローワークに提出し、職業紹介事業者などを活用して再就職を支援すると、対象社員1人あたり数十万円規模の助成が受けられる可能性があります。
制度設計の段階で社労士に「希望退職と一緒に助成金は使えますか?」と相談しておくと、後付けでは取れない助成を見逃さずに済みます。
中退共加入企業の特例(退職金通算と解約手当金)
中小企業退職金共済(中退共)に加入している企業の場合、希望退職時の退職金支給は「中退共からの解約手当金+会社からの上乗せ割増」という構成になります。中退共部分は法的に受給権が確立しているため、上乗せ部分の設計と税務処理がメインの論点になります。
退職金制度の設計について詳しくは、関連記事「中小企業退職金共済(中退共)とは?」もあわせてご覧ください。
給与計算・労務手続きアウトソースで実施期の人事負担を軽減
希望退職を実施する時期は、人事担当者の負荷が通常の数倍に跳ね上がります。離職票作成、退職所得申告書回収、社会保険資格喪失届、住民税の異動届、源泉徴収票発行——一つひとつは定型業務ですが、複数の社員に対して期限を守って正確に処理する必要があります。
この時期だけスポットで給与計算・労務手続きをアウトソースに切り替えることで、人事担当者は「制度設計」「面談」「再就職支援」といった高付加価値業務に集中できます。
希望退職の退職金に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 希望退職で割増退職金を出すのは法律上の義務ですか?
渡辺 俊一
Q2. 割増ゼロの希望退職を実施したらどうなりますか?
渡辺 俊一
Q3. 退職金制度がない会社でも希望退職は実施できますか?
渡辺 俊一
Q4. 資生堂や日本ハムのような大企業の金額を中小企業も真似するべきですか?
渡辺 俊一
Q5. 役員勤続5年以下の「特定役員退職手当等」とは何ですか?
渡辺 俊一
Q6. 割増退職金を分割払い・年金払いにできますか?
渡辺 俊一
Q7. 応募者が募集人数を超えた場合、誰を選ぶ基準は?
渡辺 俊一
Q8. 応募者が募集人数に満たないとき再募集できますか?
渡辺 俊一
Q9. 希望退職を断った社員を後で整理解雇できますか?
渡辺 俊一
Q10. 労働組合がない中小企業でも協議は必要?
渡辺 俊一
Q11. 50歳以上だけを対象にするのは年齢差別では?
渡辺 俊一
Q12. 同業他社への転職禁止条項を退職金返還の条件にできますか?
渡辺 俊一
Q13. 希望退職後に発覚した未払い残業代の請求はどう扱う?
渡辺 俊一
Q14. 産休・育休中の社員も対象にしてよいですか?
渡辺 俊一
Q15. 社員に「退職所得の受給に関する申告書」を出させる手順は?
渡辺 俊一
まとめ|中小企業の希望退職は「金額×手順×予防法務」の三位一体
ここまでお読みいただきありがとうございます。最後に重要なポイントを3つ、振り返ります。
- 割増退職金の相場は「月収3〜6か月分」「総額200万〜600万円」が中小企業のリアルです。大企業の3,000万円〜5,000万円という数字に圧倒される必要はありません。
- 税金は退職所得控除と2分の1課税で大幅に軽減されるため、社員の手取りは想像以上に有利です。「退職所得の受給に関する申告書」の回収だけは絶対に忘れないでください。
- 訴えられないためには「設計(規程整備)×手順(8ステップ)×予防法務(5つのポイント)」の三位一体が不可欠です。一つでも欠けると、後の紛争リスクが急上昇します。
HR BrEdge社会保険労務士法人では、顧問先500社超の実務経験をもとに、希望退職の制度設計から特別退職金規程の整備、労組協議・取締役会決議のサポート、個別面談への同席、離職票チェック、再就職支援助成金の活用まで、一気通貫でサポートしています。大阪・東京・福岡・名古屋を中心に全国47都道府県対応。給与計算・労務手続きのスポットアウトソースもご相談いただけます。
希望退職は「相場いくら?」だけでは始められない、繊細な制度です。自社の状況に合った設計について、まずはお気軽にご相談ください。
この記事の執筆者
![]() 渡辺 俊一 (わたなべ としかず) |
HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 1977年兵庫県神戸市生まれ。関西学院大学法学部法律学科卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社。2005年社会保険労務士試験に合格し、2007年に渡辺社会保険労務士事務所を開設。2016年法人化し、2025年5月に「HR BrEdge社会保険労務士法人」へ社名変更。 顧問先500社超・実績970社以上を誇り、「会社の財産は人・人・人である」を信念に、従業員・お客様・社会の「三方良し」の経営支援を実践。給与計算・社会保険手続き・就業規則・助成金申請から、IPO・M&Aに向けた労務監査まで幅広く対応。 著書『頂点をめざす!~経営者のパートナーとして歩む社労士の物語~』はAmazon「社会保険労務士の資格・検定」部門で1位を獲得。 【所属】全国社会保険労務士連合会/大阪府社会保険労務士会/一般社団法人EO Osaka |





