こんにちは。HR BrEdge社会保険労務士法人代表、特定社会保険労務士の渡辺俊一(わたなべとしかず)です。

60歳を迎える従業員が増えてきたけれど、社会保険の取扱いは何が変わるんだろう?」
「定年退職→再雇用で給与が下がるとき、保険料も自動で下がってくれるの?」
「2026年4月から在職老齢年金が変わると聞いたけれど、自社の制度設計にどう影響する?」

60歳前後の従業員を抱える経営者・人事労務担当の方から、こうしたご質問をいただく機会が急増しています。

実は、「60歳」という年齢は社会保険制度上、最も誤解の多い節目のひとつです。「60歳で自動的に社会保険から外れる」「年金をもらうなら加入不要」——こうした思い込みのまま手続きを進めてしまうと、保険料の過払い、届出漏れ、従業員からの不信につながります。

さらに、ここ2年で60歳前後に関わる法改正が立て続けに動きました。

1. 2025年4月:高年齢雇用継続給付の最大給付率が15%→10%に縮小
2. 2025年6月:改正年金法が成立し、在職老齢年金の支給停止調整額が2026年4月から51万円→65万円に大幅引き上げ
3. 2024年10月〜2027年10月:社会保険適用拡大が段階的に進展(パート加入対象の拡大)

この記事では、顧問先500社超の実務経験を持つHR BrEdge社会保険労務士法人が、60歳以降の社会保険の基本から、同日得喪・在職老齢年金・高年齢雇用継続給付・扶養・第3号被保険者の扱いまでを2026年最新情報で徹底解説します。

【結論】60歳になっても社会保険は原則「継続加入」——先に解きたい3つの誤解

まず結論からお伝えします。健康保険・厚生年金は、60歳という年齢単体では資格に影響しません。加入要件を満たして働いている限り、健康保険は75歳まで、厚生年金は70歳まで継続加入が原則です。

実務でご相談の多い3つの誤解を、最初に解いておきましょう。

誤解①「60歳で自動的に社会保険から外れる」はウソ

「定年=社会保険脱退」というイメージをお持ちの方が非常に多いのですが、これは誤りです。社会保険の資格は「年齢」ではなく「加入要件(労働時間・賃金・企業規模など)」で判断されます。

60歳で定年を迎えても、同じ会社で再雇用されて労働時間・賃金が要件を満たしていれば、翌日からそのまま被保険者です。「退職日翌日に資格喪失して、また同日に取得する」という形をとる「同日得喪」という特例手続き(後述)もあり、年齢で資格が切れる仕組みにはなっていません。

誤解②「年金をもらうから加入不要」も誤り

「年金を受け取り始めたら厚生年金には加入しない」と誤解されている方もいらっしゃいますが、これも違います。

厚生年金は70歳まで、受給と並行して加入し続けるのが原則です。受給しながら保険料を納めることで、「在職定時改定」(65〜70歳は毎年10月に年金額が再計算される仕組み)によって年金額が増えていくため、実は長く働くほど将来の受取額が増えるメリットがあります。

誤解③「給与が下がれば保険料は翌月から自動で下がる」の落とし穴

通常、標準報酬月額は固定的賃金の変動月から4ヶ月目に改定されます。つまり、「再雇用で給与が下がったのに、その後3ヶ月は高い保険料を払い続ける」ことになりかねません。

これを回避するのが後述の「同日得喪」という特例です。60歳以上で退職→再雇用となる場合に限り、再雇用月から新しい標準報酬月額に改定できる仕組みで、実務上は必ず活用したいテクニックです。

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
私の顧問先でも毎年数件、「同日得喪を失念していて3ヶ月分の保険料を過払いしていた」というご相談をいただきます。給与が下がる再雇用のときほど、この手続きが会社と従業員の双方に効いてきますよ。

60歳以上の社会保険加入条件|制度別の年齢上限と雇用形態別の適用

60歳以降の社会保険を理解する第一歩は、制度ごとの加入年齢の上限を整理することです。健康保険・厚生年金・雇用保険・介護保険——それぞれ終わる年齢が異なります。

60歳以上の社会保険加入条件|制度別の加入年齢上限と60歳到達時の取扱い一覧

健康保険75歳・厚生年金70歳・雇用保険は上限なし

制度別の加入年齢上限は以下のとおりです。

1. 健康保険:75歳未満まで加入。75歳到達で自動的に後期高齢者医療制度へ移行します。
2. 厚生年金保険:70歳未満まで加入。70歳到達後は「70歳以上被用者」として報酬を届け出ますが、保険料納付は終了します。
3. 雇用保険:年齢の上限なし。働いている限り加入が続きます。
4. 介護保険:40歳以上65歳未満は「第2号被保険者」として健康保険料と一緒に徴収。65歳以降は「第1号被保険者」として市町村に直接納付します。

つまり、60歳はどの制度の節目でもありません。60歳時点の社会保険は、それまでの勤務が続く限り何も変わらない、というのが出発点です。

正社員・再雇用・嘱託・パートの加入条件

雇用形態別に60歳以降の社会保険適用を整理します。

1. 正社員(フルタイム):健康保険・厚生年金ともに原則加入継続。
2. 再雇用・嘱託(週所定労働時間が正社員の4分の3以上):原則加入継続。給与変動があれば同日得喪を検討。
3. 短時間労働者(週20時間以上・月額賃金8.8万円以上・学生ではない・2ヶ月超見込み):企業規模要件を満たす事業所では加入対象。
4. 上記以外の短時間パート:社会保険の適用外。国民健康保険・国民年金または配偶者の扶養で対応。

社会保険適用拡大(2024年10月〜2027年10月)が60歳以降に与える影響

短時間労働者の社会保険加入要件は、近年急速に拡大しています。

1. 2016年10月:従業員501人以上の企業で適用開始
2. 2022年10月:従業員101人以上に拡大
3. 2024年10月:従業員51人以上に拡大(新たに約50万人が加入対象に)
4. 2027年10月〜:2025年6月成立の改正年金法により、企業規模要件の段階的撤廃へ

60代でパート・嘱託として働く従業員が多い事業所では、「これまで非加入だった人が加入対象に切り替わる」事態が今後数年で発生します。就業規則・雇用契約・給与設計を、段階的に見直していく必要があります。

定年退職&再雇用で必ず押さえる「同日得喪」手続きの完全ガイド

60歳の定年退職→再雇用で、実務上もっとも重要なのが「同日得喪(どうじつとくそう)」です。これを知らずに進めると、従業員は3ヶ月間「高い保険料」を払い続けることになります。

定年退職と再雇用時の同日得喪手続きの流れ(5ステップのフローチャート)

同日得喪とは——4ヶ月後の改定を「当月から」に早める特例

通常、固定的賃金が下がった場合の標準報酬月額の改定は「随時改定」として4ヶ月目から反映されます。たとえば4月に給与が下がった場合、新しい保険料が適用されるのは7月分から、という仕組みです。

しかし、60歳以上で定年退職→同日再雇用されるケースでは、退職日に資格喪失届を、再雇用日に資格取得届を提出することで、再雇用月から新しい標準報酬月額に切り替えることができます。これが同日得喪です。

なぜこの特例があるのか。60歳の再雇用では多くの会社で給与が30〜50%程度下がるのが一般的です。それに合わせて社会保険料も早く下げてあげないと、手取りが急減する従業員の負担が大きくなりすぎます。制度として、退職→再雇用の本来の姿を「継続でなく、別の雇用契約」とみなして標準報酬を見直す仕組みになっているのです。

同日得喪の必要書類と5ステップの流れ

同日得喪の実際の流れは次のとおりです。

ステップ1:定年退職日の翌日(=資格喪失日)に「被保険者資格喪失届」を準備
ステップ2:同日付で再雇用契約を締結(新しい雇用契約書を作成)
ステップ3:資格喪失日と同じ日を資格取得日として「被保険者資格取得届」を準備
ステップ4:就業規則の写しと新旧の雇用契約書(または事業主の証明書)を添付
ステップ5:年金事務所または健康保険組合へ資格喪失届・資格取得届を同時提出

協会けんぽ加入の場合、e-Govを使えばオンラインでも提出可能です。届出のタイミングは退職日の翌日から5日以内が目安。遅れると特例が使えなくなる可能性があるため、再雇用日が決まった時点で準備を始めるのが鉄則です。

再雇用までに空白期間があるときの注意点

定年退職と再雇用の間に「1週間だけ空ける」などの空白期間を設けると、その期間中の健康保険が切れ、任意継続または国民健康保険への加入が必要になります。

しかも空白期間があると、同日得喪の原則的な適用ができなくなり、資格喪失届と資格取得届を別日付で提出することになります。この場合でも、60歳以上で継続雇用である証明(就業規則の写し+雇用契約書)を添付すれば、保険料の早期軽減は可能です。ただし手続きが煩雑になるため、可能な限り「退職日翌日に再雇用開始」としましょう。

【2026年4月改正】在職老齢年金の支給停止基準が51万円→65万円へ引き上げ

60歳以上の実務で、2026年に大きな転換点を迎えるのが「在職老齢年金」の基準引き上げです。働きながら年金を受給するシニア層の働き方・給与設計に大きな影響を与えます。

在職老齢年金 2025年度(支給停止51万円)と2026年4月改正後(65万円)の比較

在職老齢年金とは——働きながら受給する老齢厚生年金の減額ルール

在職老齢年金とは、厚生年金の被保険者として働きながら老齢厚生年金を受給する場合、給与と年金の合計が一定額を超えると年金の一部または全額が支給停止される仕組みです。

計算式は「(総報酬月額相当額+基本月額 − 支給停止調整額) ÷ 2」。超過額の半分が年金から差し引かれます。「働きすぎると年金が減る」制度として、シニア層の就労抑制要因になっていると長年指摘されてきました。

2026年4月改正の要点と支給停止額シミュレーション

2025年6月に成立した改正年金法により、2026年4月から支給停止調整額が51万円(2025年度)→65万円(2026年度)に引き上げられます。

具体例で比較してみましょう。給与月額50万円、年金月額15万円(合計65万円)のケース。

1. 2025年度の扱い(基準51万円):(65万円 − 51万円) ÷ 2 = 7万円の支給停止。年金の手取りは月8万円に減額。
2. 2026年4月以降(基準65万円):(65万円 − 65万円) ÷ 2 = 0円。年金は満額15万円受給できるように。

つまり同じ条件でも、2026年4月から年間84万円も受取額が変わる計算です。これまで「年金が減るから働くのを控える」選択をされていた従業員にとっては、就労継続の大きなインセンティブになります。

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
この改正は、シニア人材を活用したい企業にとって追い風です。「給与を抑えないと年金が減る」という遠慮がなくなり、本人の能力に応じた給与設計がしやすくなりますね。

在職定時改定——65〜70歳は毎年10月に年金額が再計算される

あわせて押さえておきたいのが「在職定時改定」です。65歳以上70歳未満の在職者は、毎年9月1日時点の被保険者期間に応じて年金額が10月分から再計算されます。

つまり、65歳以降に働いて納めた厚生年金保険料は、毎年の年金額にじわじわと反映されていきます。「働くほど将来の年金が増える」という仕組みを、従業員にきちんと説明できると、就労意欲の維持につながります。

【2025年4月縮小】高年齢雇用継続給付——最大支給率が15%→10%に

60代前半の賃金補填制度として重要だった「高年齢雇用継続給付」も、2025年4月から縮小されています。給与設計を考えるうえで、制度変更の前提を最新化する必要があります。

対象者・給付率の仕組み

高年齢雇用継続給付は、雇用保険の被保険者であった期間が5年以上あり、60歳以降の賃金が60歳時点の75%未満に低下した人に支給される雇用保険給付です。

基本的な仕組みは、60歳以降の各月の賃金額に対して、低下率に応じて一定率を上乗せ支給する形になっています。対象期間は60歳から65歳到達月まで。「再雇用で給与が下がっても、ある程度の所得を確保できる」という補填制度です。

2025年4月以降60歳到達者への影響額シミュレーション

2025年4月1日以降に60歳に到達する人から、最大支給率が15%→10%に引き下げられました(2025年3月31日以前に60歳到達した人は、従来の15%が適用され続けます)。

具体例で見てみましょう。60歳時点の月額賃金30万円、60歳以降の月額賃金18万円(低下率60%)のケース。

1. 2025年3月以前に60歳到達:月額賃金の15% = 月27,000円の給付
2. 2025年4月以降に60歳到達:月額賃金の10% = 月18,000円の給付

月額9,000円、年間約10.8万円の差が生じます。5年間で換算すると約54万円の減額です。企業側は、この縮小を織り込んだ上で再雇用時の給与水準を設計する必要があります。

六十歳到達時等賃金証明書の先制的提出を推奨する理由

実務の落とし穴として、「六十歳到達時等賃金証明書」の提出漏れがあります。これはハローワークに提出する書類で、60歳時点の賃金額を確定させるものです。

60歳到達時点で、その後の賃金が低下するかどうかが確定していなくても、到達月の翌月末までに先制的に提出しておくのが鉄則です。提出が遅れたり、未提出のまま後で申請すると、書類収集の手間や給付漏れのリスクが生じます。

60歳以上の社会保険料の計算方法と早見表|保険料が下がるケース・下がらないケース

「再雇用で給与が下がったら、社会保険料は具体的にいくら変わるの?」という疑問に、実務数値で答えます。

同日得喪を使えば再雇用月から保険料軽減

社会保険料は「標準報酬月額 × 保険料率」で計算されます。2026年1月時点の主な料率は以下のとおりです。

1. 厚生年金保険料率:18.3%(労使折半、本人負担9.15%)
2. 健康保険料率:都道府県ごとに約9.5〜10.5%(協会けんぽの場合、本人負担は折半)
3. 介護保険料率(40〜64歳):約1.6%(折半、本人負担は約0.8%)

給与が30万円→18万円に下がり、同日得喪で標準報酬月額が30万円→18万円に即改定された場合、本人負担の社会保険料は概算で月約45,000円→月約27,000円へ、月18,000円の軽減となります。同日得喪をしないと、この軽減が3ヶ月遅れます。

【年収別早見表】2026年度料率ベースの自己負担額

60歳以降の年収ごとの本人負担社会保険料の概算です(協会けんぽ・40歳以上・東京都の料率ベース)。

年収 厚生年金(本人負担/年) 健康保険+介護(本人負担/年) 合計(概算)
120万円 約10.9万円 約6.4万円 約17.3万円
200万円 約18.3万円 約10.6万円 約28.9万円
300万円 約27.5万円 約15.9万円 約43.4万円
400万円 約36.6万円 約21.2万円 約57.8万円

あくまで概算ですが、「再雇用で年収400万円→200万円になった場合、本人負担は年間約29万円減る」といった見当をつける際に使えます。

賞与支給がある再雇用契約の保険料設計

賞与についても、「標準賞与額 × 保険料率」で社会保険料がかかります。再雇用契約で月給を抑える代わりに賞与を厚くするような設計をしている会社も見かけますが、賞与にも同じ料率で保険料がかかるため、「月給を下げれば保険料が減る」という単純な構造ではありません。

また、在職老齢年金の計算には「標準報酬月額+直近1年の賞与÷12」が使われるため、賞与水準も年金減額に影響します。月給・賞与・賞与月数の組み合わせで総支給を設計する視点が欠かせません。

60歳以上で扶養に入れる条件|第3号被保険者が60歳になったときの取扱い

60歳以降は、本人が加入する場合だけでなく「配偶者の扶養に入る」という選択肢も広がります。また、「第3号被保険者60歳になったら」という重要な節目もここで整理しておきましょう。

60歳以上の被扶養者は「年収180万円未満」に緩和

健康保険の被扶養者の年収要件は、通常は年収130万円未満。しかし60歳以上または障害者は年収180万円未満(月額15万円未満)まで扶養に入ることができます。

これは「60歳以上は年金収入があり、収入の下限を少し上げても生計維持の関係に大きな影響はない」という考え方に基づく緩和措置です。配偶者の会社の健康保険に被扶養者として入っている従業員が、60歳以降にパートで働きながら年収150万円程度を得ていても、扶養を外れなくて済むケースが多くあります。

なお、この扶養判定は事業所の規模とは無関係です。「51人以上の会社だから扶養に入れない」ということはありません。年収基準のみで判定されることを覚えておきましょう。

第3号被保険者は60歳到達で自動的に資格喪失——国民年金任意加入の選択肢

ここが見落とされがちなポイントです。会社員の配偶者で国民年金第3号被保険者として扱われていた方(主に専業主婦・主夫)は、60歳到達で自動的に第3号被保険者の資格を喪失します。

これは「第3号被保険者は20歳以上60歳未満」という国民年金法の規定によるもの。60歳を過ぎると、保険料を払っていない期間が増えず、老齢基礎年金の満額受給要件(480ヶ月の加入)に達していない場合は、将来の年金額が増えません。

対策として、過去に未納期間や免除期間があって480ヶ月に足りない方は、60歳〜65歳の間に国民年金の「任意加入」で保険料を納めることができます。月約17,500円の保険料で、将来の年金額を満額に近づけることができるため、実務上は確認を強く推奨したい手続きです。

「60歳以上 パート 社会保険加入したくない」への実務回答

「60歳以上のパートで、社会保険に入りたくない」というご相談も実務で頻繁に受けます。結論から言えば、加入要件(週20時間以上・月額賃金8.8万円以上など)を満たすと法律上の強制加入で、本人の希望で加入/非加入を選べる性質のものではありません。

もし加入を避けたい場合は、労働条件を要件未満(週20時間未満など)に設定する方法があります。ただし、意図的な労働時間の調整を指導する行為は、行政からの適用除外回避の指導対象になる可能性があります。「本人のシフト希望による結果として要件未満」という実態が必要です。

70歳・75歳の節目で発生する社会保険手続き

60歳より後の節目として、70歳と75歳では会社側での手続きが発生します。60歳以降を雇用する企業が見落としやすいポイントです。

60歳・70歳・75歳の社会保険手続きポイントカード(節目ごとの実務対応)

70歳到達|厚生年金資格喪失と70歳以上被用者該当届

従業員が70歳に到達する日(誕生日の前日)に、厚生年金保険の資格は自動的に喪失します。健康保険は継続するため、厚生年金のみ喪失、健康保険は継続という独特な状態になります。

手続きとしては、会社が「70歳以上被用者該当届」を年金事務所に提出します。これは保険料徴収の対象からは外れるものの、在職老齢年金の計算のため報酬を届け出る必要があるためです。「本人の給与明細から厚生年金保険料が消える」という形で現れるため、本人にも事前に説明しておきましょう。

75歳到達|健康保険喪失と後期高齢者医療制度への自動移行

75歳に到達すると、健康保険の資格を喪失し、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に自動加入します。この切替えは国の制度で自動的に行われるため、本人の申請は不要ですが、会社側では「健康保険被保険者資格喪失届」の提出と、マイナ保険証関連の整理が発生します。

また、2024年12月2日以降は従来の健康保険証が廃止されているため、マイナ保険証の利用登録を解除し、後期高齢者医療の資格確認書に切り替える対応も必要です。本人が混乱しないよう、事前に案内してあげるのが親切です。

被扶養者の連動喪失

見落としが多いのが、本人が75歳到達で健康保険資格を喪失すると、扶養していた配偶者(被扶養者)も同時に健康保険の資格を喪失する点です。

配偶者がまだ75歳未満の場合、国民健康保険への切替え手続きが必要になります。本人の75歳到達に合わせて、家族全体の医療保険を再設計する必要があるため、少なくとも75歳到達の3ヶ月前にはご家族に案内する運用をおすすめします。

60歳以上の厚生年金加入のメリット・デメリット

「60歳以上で厚生年金に入り続けるのは得なのか、損なのか?」という疑問について、メリット・デメリット両面から整理します。

メリット|将来の年金増額・傷病手当金・障害/遺族年金の継続

1. 老齢厚生年金の増額:60歳以降の厚生年金加入は、将来の老齢厚生年金の「報酬比例部分」を増やします。平均標準報酬額 × 5.481/1,000 × 加入月数の計算式で、月収20万円で5年加入すれば、年間約6.6万円(月約5,500円)の増額が期待できます。生きている間ずっと受け取れるため、長生きするほどメリットが大きくなります。
2. 傷病手当金:病気やケガで働けない期間、標準報酬日額の3分の2が最長1年6ヶ月支給されます。60代でも体調を崩すリスクはあり、いざという時の所得保障として大きな安心材料です。
3. 障害厚生年金・遺族厚生年金の対象継続:万が一の障害状態・死亡時に、国民年金単独よりも手厚い給付を受けられます。

デメリット|手取り減少と在職老齢年金の影響

一方、デメリットとしては以下が挙げられます。

1. 手取りの減少:社会保険料負担分だけ、月々の手取りが減ります。年収300万円なら本人負担で年43万円前後の保険料です。
2. 在職老齢年金による減額:給与と年金の合計が支給停止調整額を超えると年金が減額されます。ただし2026年4月から65万円に引き上げられるため、影響を受ける方は大きく減ります。
3. 会社の人件費負担:会社側も労使折半で保険料を負担します。60歳以上の雇用コストを設計する際は、給与+社会保険料の「総額」で考える必要があります。

年金増額シミュレーション(月収20万円で5年加入のケース)

具体的な数値でメリットを可視化します。60歳から65歳まで5年間、月収20万円(標準報酬月額20万円)で厚生年金に加入し続けた場合の試算です。

増額される報酬比例部分(年額):20万円 × 5.481/1,000 × 60ヶ月 = 年間約65,772円
65歳から85歳までの20年間で受け取れる総額:約131万円
90歳まで生きた場合の総額:約164万円

5年間の本人負担保険料は約110万円(20万円 × 9.15% × 12ヶ月 × 5年、厚生年金のみ)ですので、85歳以降の長生きで元が取れる計算です。長寿化が進む現在、厚生年金加入は総合的にプラスになるケースが多いと言えます。

企業が整備すべき60歳以降の労務インフラ|就業規則・給与計算・DX

60歳前後の人材活用は、今後の企業経営の重要テーマです。制度を正しく運用するための社内インフラを、以下3つの観点で整備していきましょう。

継続雇用制度と高年齢者雇用安定法

高年齢者雇用安定法により、企業には65歳までの雇用確保措置(定年廃止・定年引上げ・継続雇用制度のいずれか)が義務付けられています。さらに70歳までの就業確保措置が努力義務となっています。

就業規則では、定年年齢・再雇用の条件・労働時間・賃金水準を明文化しておく必要があります。再雇用で給与が大きく下がる設計をしている会社では、「同一労働同一賃金」の観点からの合理性(職務・責任の変化)を説明できる根拠も揃えておきましょう。

給与計算システムで押さえる年齢到達アラート

給与計算実務の観点では、60歳・70歳・75歳の各節目で自動アラートが出るシステムの導入が有効です。クラウド給与計算ソフトの多くは、従業員の誕生日データから年齢到達イベントを通知する機能を持っています。

特に、「70歳到達月の給与計算から厚生年金保険料を停止する」「65歳到達月から介護保険料の天引きを停止し市町村直接納付に切り替える」といった切替えは、手動運用だと漏れやすいため、システム化しておくと安心です。

顧問社労士との連携で防げるミス事例

実務の現場でよく起きるミスと、その予防策を整理します。

1. 同日得喪の失念:定年再雇用で保険料が3ヶ月間高いまま。
2. 70歳以上被用者該当届の未提出:在職老齢年金の計算が正しくできず、本人の年金減額額が狂う。
3. 六十歳到達時等賃金証明書の未提出:高年齢雇用継続給付の受給漏れ。
4. 第3号被保険者60歳到達時の案内不足:配偶者が任意加入を検討する機会を逃す。

これらは「従業員本人の手取り・将来の年金に直結する」ミスばかりです。自社の総務・給与計算担当だけで全てをカバーするのは現実的ではないため、顧問社労士との定例連携で「60歳到達予定者リスト」を共有しておくと、事前にもれなく手続きが進められます。

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
顧問先では、年初に「今年60歳・65歳・70歳・75歳に到達する従業員リスト」を作って手続きカレンダーを組んでいます。これだけで漏れが激減しますよ。

60歳・社会保険に関するよくある質問(FAQ)

最後に、60歳と社会保険にまつわるよくあるご質問にお答えします。

Q. 60歳で定年退職したら、すぐに厚生年金を受給できますか?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 原則65歳からの受給開始ですよ。ただし、男性で昭和36年4月1日以前、女性で昭和41年4月1日以前生まれの方には「特別支給の老齢厚生年金」が60〜64歳で支給される制度があります。現在60歳を迎える多くの方(昭和40年度以降生まれの男性など)は対象外のため、原則65歳までは老齢年金が出ない前提で資金計画を立てる必要がありますね。

Q. 再雇用社員は必ず厚生年金に加入しなければなりませんか?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 70歳未満で、週所定労働時間が正社員の4分の3以上なら加入義務がありますね。また、短時間勤務でも「週20時間以上・月額賃金8.8万円以上・2ヶ月超見込み」の要件を満たせば、企業規模要件を満たす事業所では加入対象です。会社側の届出も必ず必要なので、再雇用契約書と同時に手続き段取りを組みましょう。

Q. 同日得喪を忘れた場合どうなりますか?リカバリーできますか?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 気づいた時点で年金事務所に相談しましょう。退職日の翌日から2年以内であれば、遡及しての資格喪失・取得届出ができることが多いです。ただし、2年を過ぎると時効で対応不可になるケースもあるので、気づいたらすぐ動くのが鉄則です。私の事務所でもリカバリー対応のご相談を毎年数件いただいていますよ。

Q. 2026年4月の在職老齢年金改正で、誰がどれだけ得をしますか?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 給与と年金の合計が月51〜65万円の層が最も恩恵を受けます。たとえば給与50万円・年金15万円の方は、改正前は年84万円の支給停止、改正後は停止ゼロになります。月収35万円以下の多くの再雇用社員には影響がほぼありませんが、幹部経験者や管理職の再雇用では効果が大きいですね。

Q. 60歳以上のパート従業員が「社会保険に入りたくない」と言っています。どう対応すべき?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 加入要件を満たせば本人の希望に関係なく強制加入です。「入りたくない」のが手取り減少の懸念なら、加入による将来の年金増額・傷病手当金・障害/遺族年金のメリットを丁寧に説明してあげましょう。それでも避けたい場合は、週20時間未満の労働条件に本人希望で再設定する方法がありますが、会社側から調整を強いるのはNGですよ。

Q. 配偶者の第3号被保険者が60歳になると、何か手続きが必要ですか?

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
特定社会保険労務士
渡辺 俊一
A. 60歳到達で第3号被保険者は自動的に資格喪失となり、国民年金の加入義務は終わります。健康保険の被扶養者は継続可能です。ただし、過去に未納・免除期間がある場合は、65歳までの任意加入で老齢基礎年金を満額に近づけられるので、ねんきんネットで加入月数を確認するよう配偶者にお伝えするのが親切ですね。

まとめ|「年齢」ではなく「働き方」×「最新法改正」で判断する時代へ

60歳は社会保険の「自動脱退ライン」ではなく、「働き方の変化に合わせて手続きを整える節目」です。制度別の加入年齢、同日得喪の活用、2026年4月からの在職老齢年金改正(51万円→65万円)、2025年4月からの高年齢雇用継続給付縮小(15%→10%)——これらを正しく押さえていれば、60歳以降も会社と従業員の双方にメリットのある制度設計が可能です。

特に2026年は、在職老齢年金改正で「働きながらの年金受給」が大きくしやすくなる転換点。シニア人材の活用を本格化させたい企業にとっては、再雇用時の賃金設計、就業規則の見直し、給与計算の年齢到達アラート整備など、制度インフラを整える絶好のタイミングです。

大阪・東京・名古屋・福岡など、全国の中小企業で60歳前後の人材活用のご相談が急増しています。「自社の場合はどう設計するのが合理的か」「従業員に説明する資料を整えたい」「同日得喪や70歳到達時の手続きに不安がある」——そうした具体的なお悩みは、顧問社労士にご相談いただければ、過去の類似ケースも踏まえて一緒に最適な形を考えていけますよ。

HR BrEdge社会保険労務士法人では、顧問先500社超の実績をもとに、60歳以降の労務設計・給与計算・就業規則見直しまでワンストップで支援しています。お気軽にご相談ください。

この記事の執筆者

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表 特定社会保険労務士 渡辺俊一
渡辺 俊一
(わたなべ としかず)

HR BrEdge社会保険労務士法人 代表
特定社会保険労務士/第1種衛生管理者

1977年兵庫県神戸市生まれ。関西学院大学法学部法律学科卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社。2005年社会保険労務士試験に合格し、2007年に渡辺社会保険労務士事務所を開設。2016年法人化し、2025年5月に「HR BrEdge社会保険労務士法人」へ社名変更。

顧問先500社超・実績970社以上を誇り、「会社の財産は人・人・人である」を信念に、従業員・お客様・社会の「三方良し」の経営支援を実践。給与計算・社会保険手続き・就業規則・助成金申請から、IPO・M&Aに向けた労務監査まで幅広く対応。

著書『頂点をめざす!~経営者のパートナーとして歩む社労士の物語~』はAmazon「社会保険労務士の資格・検定」部門で1位を獲得。

【所属】全国社会保険労務士連合会/大阪府社会保険労務士会/一般社団法人EO Osaka
【趣味】トライアスロン(アイアンマンレースに挑戦中)
【信条】人生は挑戦だ!まずやる!なんせやる!とことんやる!